2005(平成17)年10月28日
資源エネルギー庁長官 小平信因様
兵庫県段ヶ峰ウィンドファーム事業に対する意見書
日本イヌワシ研究会
会長 浅川千佳夫
当研究会は,1981年発足時より全国規模でイヌワシAquila
chrysaetosの研究と保護に取り組んでいます。イヌワシは,大型の猛禽類で「文化財保護法」により天然記念物に指定,「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」により国内希少野生動植物種に指定,環境省のレッドリストに絶滅危惧I B類として掲載されるなど,絶滅が危ぶまれ,その保護が法によって定められている貴重な生物です。
さて,兵庫県朝来市と宍粟市に計画されている段ヶ峰ウィンドファーム事業の計画地は,2004年に公表された4省庁(環境省・資源エネルギー庁・国土交通省・林野庁)連携による希少猛禽類調査結果において,イヌワシの重要な生息地であることがマップデータとして公表されています。事業者は,計画段階でこれを回避することが可能であったにもかかわらず,現在環境影響評価書の縦覧を実施するなどの手続きを進めています。我々は,この事態を希少種保護の上で大きな問題であると受け止めております。
この計画地に生息しているペアは,当研究会の地元会員によって長年観察されております。その生態を熟知している専門家としての見地から,別紙に列記するように,計画地に生息するイヌワシに対し,著しい悪影響を与えると危惧しています。
イヌワシの生息地に残された生物多様性に富む自然環境は,国民の財産です。先祖から受け継ぎ,子孫から借受けた自然遺産とも言うべき「段ヶ峰の自然」を環境破壊から守るために,事業者のエコ・パワー(株)とクリーンエナジーファクトリー(株)に対し,計画中止も含めた事業の抜本的な見直しを行うよう早急に指導していただくよう要望します。
この要望に対する回答を11月15日までに文書でいただきたいと存じます。多くの案件を抱えお忙しいところ大変恐縮ですが,国民共有の財産である自然環境が破壊の危機にさらされている状況をご理解いただき,どうかよろしくお願いします。
なお,兵庫県知事,朝来市長,宍粟市長に対し,イヌワシの生息に関する情報提供を行なった上で,計画地変更あるいは中止を求める文書を7月28日付けで提出しております。
[別紙]
段ヶ峰ウィンドファーム事業における問題点
(1)計画地に生息するイヌワシが,風車に衝突する可能性が高いと考えられます。
当会会員によって,計画地の尾根上(風況ポールが設置されている上空)を飛行するイヌワシ成鳥が確認されており,イヌワシが風車に衝突する可能性が極めて高いと考えられます。
欧米では,イヌワシなどの猛禽類や渡り鳥が風車や付設の送電線に衝突して死亡する例が多数報告されています。米国カリフォルニア州アルタモントパスでは,毎年1000羽以上の猛禽類が衝突死しています。国内でも,北海道苫前町と根室市の風力発電施設において,昨年相次いで3羽のオジロワシが胴体や翼を切断されて死亡しました。衝突のメカニズムについては,アメリカチョウゲンボウを使用した生理学的実験で「モーション・スメア現象*」によるものであることが確認されています。このように,猛禽類の生息地内や移動ルート上に建設された風車においては,偶然ではなく必然的に衝突が起こり,これを避けることは極めて難しいことが明らかにされています。
段ヶ峰のイヌワシが,風車建設予定の尾根上を利用して生活しています。イヌワシが風車に衝突して死亡する事故の発生は絶対に避けるべきです。
*高速で動く大型風車のブレードに接近すると,網膜の感知能力がそのスピードについて行けなくなり突然ブレードが見えなくなる現象。
(2)計画地はイヌワシの生息地内であり,改変により生息環境に大きな影響をおよぼすと考えられます。
「新・生物多様性国家戦略」(環境省2002)に示されているように,生態系の頂点に位置するアンブレラ種である「イヌワシの生息地保全」は重要な政策課題です。特に兵庫県をはじめ西日本は,イヌワシの生息数が少なく繁殖率も低下しており,極めて危機的な状況にあるため,国内でも特に注意して保全策を講じる必要のある地域です。
計画地はイヌワシのハンティングエリアであるとともに,計画地に残されている森林は,野生生物の重要な生息地であり,餌動物としての多様な野生生物に支えられて生息しているイヌワシにとって重要な森林です。本事業計画は,道路や送電線建設のために,森林を伐採し重大な環境破壊を引き起こします。イヌワシのハンティングエリア消失と餌動物の減少を招くことによってイヌワシの生息を脅かし,生物多様性保全に重大な影響を及ぼすおそれがあります。
以上
〈本件に関する連絡先〉
日本イヌワシ研究会 須藤明子(事務局次長・保護対策委員長)